2008年05月20日

1年ぶりの再会


 先日、坂田先生の診察を受けてきました。ちょっと嬉しいことがあったので、今日はそのことをお話しようと思います。
 
 昨年のこと。ある女性が診察を受けていました。初診の患者さんのようです。待合室にかすかに聞こえる声。これまで地元の病院を転々としてきたことなど、私には共感できることばかり、坂田先生の治療にたどり着いたものの、坂田先生の治療に不安もあるようでした。

 恐らくこれまでの経験から疑心暗鬼になっていたのでしょう。同年代の女性だったこともあり、診察が終わってから私たちは話をしました。私は自分の治療を始めるまでの様子や治療を始めてからここまで回復したことを話しました。付き添っていたお母様にも、病気への家族の理解は精神的な救いになるので、どうか理解してほしいとお願いしました。
 その場はそれで別れてしまい、時折思い出してはどうされているのだろうと思っていました。

 その方に偶然お会いしたのです。1年ぶりの再会でした。

 彼女から声をかけてくださって、実は前回の診察予約の際に、私がその日に予約しているのを知ったうえで、今日会えるかなぁと思ってくれていたそうです。初診の日に会った女性とは別人のようにお元気になっていて、私は本当に嬉しく思いました。
 私と同じ病気に苦しんだ人が元気になっていく姿を見るのは本当に嬉しいことです。

 しかし、これから梅雨にかけて「めまい」の患者には厳しい季節がやってきますね。どうかお身体ご自愛くださいね。

2008年03月31日

↓↓下記「ファイルをダウンロード」をクリックすると問診表のサンプルがごらんいただけます。↓↓

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問診の大切さ


 坂田先生がどうして「めまい、耳鳴り」の治療でこれだけの結果を出しているのか。まだ先生の診察を受けたことのない方は疑問に思われるのではないでしょうか? 私自身も坂田先生の診察を受けるまでの8年間、いくつもの病院を診察に訪れましたが、治療はおろか原因さえわからない始末でした。それなのに、坂田先生は原因をしっかり突き止めたうえで治療を始めるのです。

 その診察の違いとは、「問診」にあります。多くの病院では精密機器を使いさまざまな検査を行いますが、ほとんど問診をすることはありません。
 坂田先生は問診に時間をかけるのです。逆に精密機器を使った検査は最低限しか行いません。これまでの数多くの臨床経験を活かし、問診で病気を探っていくのです。最近は個人情報の保護という観点から問診に答えることを嫌がる患者さんもいるようですが、私はなるべく細かく答えることをおすすめしたいと思います。

 先生の著書には問診票がどのようなものなのかが掲載されていますので、診察を受けようと思われた方はなるべく細かくきちんと答えられるように用意しておくことが大切です。

▲症状を第三者に聞いてみるのも大切
 何枚もの問診票に「めまい」の症状について答えることは実は難しいです。ただでさえ苦しい発作の経過や細かい症状など、覚えていないのも当然といえば当然だからです。ですから私は、ご家族の方など周囲にご自身の「めまい」について聞いてみるのがいいと思います。案外客観的に答えてくれるかもしれません。私の場合、坂田先生の初診に臨む際には記憶を整理し、主人にレポートを作成してもらいました。
 「めまい」は自分が一体どうなっているのかわからないものです。またそれが恐怖でもあります。主人のレポートには、私が部屋を這いずり回っている様子や、気分が悪く吐き気がすると訴えているのに食事は食べている、などが書かれてありました。主人には不思議に感じられたようですが、それが先生にとっては重要なポイントであったりするのです。
 たとえば、吐き気がする、というだけではなく、「実際に吐いたのか?」「吐いていないのか?」ということです。ですから、めまいがするというだけでなく、「どのようなとき」に「どんな状態」でめまいがするのかを、具体的に答えられるように準備しておくことが大切です。できれば、初めて発作を起こしてこれまでどのような経過をたどっているのかを、レポートにまとめるなどおすすめします。
 しっかりと問診に答えてきちんとした治療を受ければ、「めまい」は治らない病気ではありません。めまいは治る病気です。

 いろいろな病院で辛い検査を何度受けても原因がわからずに絶望していた私。あきらめずに坂田先生の診察を受け、本当によかったと心から思います。この進歩した医療の時代に私を救ってくれたのは問診でした。冷たい、温度を持たないコンピュータではなく、人のぬくもりを感じる、人による問診がいかに大切か。そのことを皆に伝えたいと思っています。

※参考:問診票のサンプル(『めまいは治る』の付録から抜粋)

2008年03月24日

私が本を書いたわけ

 初めての発作が起きたとき、本当に怖かったのを覚えています。
 自分自身がまるで前転しているかのようにぐるぐると回転を感じるのです。あまりの怖さにぎゅっと目をつぶりながら、止まってくれることを祈るような気持ちです。その一方で「なんなのだろう?」と自分に問いかけるような気持ちもありました。
 ようやく回転が止まりはしたものの、気分が悪くて吐き気がします。回転はおさまっても身体が揺れているような気持ち悪さは、経験のない人には恐らく想像できないと思いますし、経験した私としてもうまく他人に伝えることは難しいです。当てはまるような表現をいまだに見つけられずにいます。
 病院に行こうとは思っても這いずり回るようにしか動くことはできません。平衡感覚がおかしくなっているので、上下左右がわからないのです。ですから、壁づたいにゆっくりと地面を確かめるように動くのです。そんな発作を何度経験したでしょう。治したいと強く思うようになり、何度病院で検査をしたでしょう。毎回、「異常はありません」と言われてしまい、自分でもどうしていいのかわからず、途方に暮れていました。しだいに心療内科や精神科を勧められるようになり精神的にも辛かった。 私は、きっとものすごく変な奇病にかかってしまったのだと思いました。治療法もなく、誰からも理解されない孤独……。

 ところが、坂田先生の病院にたどりついて、同じような症状に苦しみ、同じような孤独に苦しむ人々に出会いました。 私はこの「めまい」の現状をみんなに伝えたいと思いました。そして、めまいは治る病気だということを知っていただきたかったのです。それが書籍『私は負けへん』を書いたきっかけです。

 いまでもその思いは変わりません。いまはこのようにして、ネットを通じて伝えしようとしています。  一人でも多くの方に「めまい」という病気を理解していただき、一人でも多くの患者さんに、治療への希望を持っていただきたいのです。
 私の症状に似ていると感じた方、ご家族の症状に似ていると思った方。コメントをください。なにかの力になれたらと思います。お待ちしています。

2008年01月29日

患者の品格

 患者と医師との信頼関係はメンタルな部分に働きかけ、治癒に大きくかかわってくると私は思います。

 私のところに患者さんから相談のメールをいただくことがあります。ほとんどが私自身にも憶えがあるものばかりです。しかしながら時折、患者さんに苦言のメールをお返しすることもあります。

 ある患者さんはお薬を出していただけないことに憤慨しておられましたが、私の考えはこうでした。私が初診で新宿を訪れた際、検査の結果が出るまで、お薬をいただくことはできませんでした。

 大阪の病院を転々としたころ、辛い検査に何度も耐え、検査結果はいつも異常なしです。異常がないのに、帰りには、結果的には効かない薬をお土産のようにどっさりもらいました。やりきれない思いです。

 ところが坂田英治先生は、「結果もわからないのに薬なんか出せない」とおっしゃいます。

 一見意地悪なようですが、ごもっともな話です。私はそのときに、健康保険の無駄について考えました。必要な薬を必要な人にだけ与える。この当たり前が守られていたら?……と。前者のように無駄に薬を出してもらうことが、果たして患者のためになるのか……。

 私は先生を信頼することができました。それからは、先生の著書にある、散歩を日課にすることやイチョウの葉エキスを飲用すること、お水を充分に飲むこと、また、暴飲暴食を控え、高脂血症の改善のために油を控えることや、髪の染色をやめることなどを実行し、自分の基本的な生活習慣を改め、治療に挑みました。

 もちろん、いただいた薬は飲み忘れることなく、きちんと飲みました。それでも、初診の際、「治療に1年は最低かかる」と言われた通り、改善をようやく肌で感じたのは3ヶ月ほど経ってからのことでした。

 医師は、誠意を持って対応してくれる医師でなければならないと思います。医師としての品格を持った医師であること。

 そして同時に、患者も患者としての品格を持たなければならないと思うのです。それは、医師を心から信頼し、守らなければならないことをきちんと守る。治してもらうという気持ちではなく、「必ず治す」という強い気持ちを持つことが大切だと思います。

 あなたは品格を持った患者ですか?

2008年01月08日

新年に思うこと

新年あけましておめでとうございます。今年が皆様にとってよい年になりますように……。

 私が坂田先生のクリニックを訪れたのはとても寒い12月でした。
 新宿。大阪在住の私にとって新宿は大都会。おしゃれが大好きな私は、普通ならどんな服装にするか迷いに迷うところです。でも、驚きですが、新大阪駅を出発した私の服装は、部屋着の上に防寒のダウンジャケットを羽織り髪はボサボサのままで、もちろんスッピンという姿。

 いま考えても恥ずかしさがこみあげてきます。しかしながら両親に抱えられて歩くこともままならなかった私には、当時はそれが精一杯だったのです。冬がくると思い出します。毎朝、顔を洗い化粧水をつけて髪を整え、お化粧をする。そうした当たり前のことができない。人間にとってそれはとても辛いことです。私の闘病記を読んでくださった方からメールをいただくことがあります。その中で気になるのは、「「めまい」の症状は家族になかなか理解してもらえない」ということです。
 これは本当に辛いことです。よく考えてほしいのです。元気な人間が仮病で寝込むなんて、おそらく3日が限度なのではないでしょうか? 元気なら、起きてなにかしら活動しないと退屈でいられません。
 寝込んでいるということは、なにかしらの症状を抱えているということです。

 「めまい」は検査しても数値に表れることもないので、本当に判断が難しい病気だと思います。私も何度叫びたい思いに苦しんだことでしょう。いま私がここでこうしていられるのは、先生に正しい診断をしていただいたおかげです。病気のことを家族にもきちんと理解してもらえたのは、私にとって大きな前進でした。病院に行ってもなかなか正しく診断してもらえないことが続くと、「もうあきらめよう」とも思います。でも、あきらめないでください。今年は、長年悩み続けた「めまい。耳鳴り」の症状にさようならする年になるかもしれません。もう一度名医を探してみることをおすすめします。そのきっかけがこのサイトであれば私にとってなによりの幸せです。

                      

2007年11月27日

はじめまして

初めまして、私は29歳のとき、突然「めまい」の発作を起こし、その後原因がわからないまま8年間の闘病生活を強いられました。

病院には行くものの検査の結果はいつも異常なし。辛い症状があるにも関わらず、治療はしてもらえませんでした。いつも同じような一時的な「めまい」の薬を渡され、それでも改善の見込みが無い場合には、精神科や心療内科を薦められました。そのようなことを繰り返しているうちに「めまい」の症状のみならず、精神的にも追い詰められていきました。

ある日、手にしたこのサイトの運営をしておられる坂田英治先生の著書を頼りに東京のクリニックに行く決意をしました。

坂田先生の診察を受け、ついに私の病変が明らかになりました。

そのときの喜びは今でも鮮明に覚えています。そして、ついに治療が始まりました。

これまでの一時的な薬を渡されるのではなく、根本的に治療するというものです。あれから月日は流れ私は元気です。私を悩ませ続けた「めまい」の発作もありません。

このサイトをご覧になる皆様は、恐らくご自身が「めまい耳鳴り難聴」でお困りである。もしくはご家族のどなたかがこれらの症状でお困りであるなど、何らかの形でこちらに訪問されたのだろうとお察しします。私はこのサイトを通して、「めまい」に苦しむ皆様の少しでもお役に立てればいいと思っています。

私はこちらのサイトに連載の形で私の経験を細かくお知らせしたいと考えています。初めての発作から、東京にたどり着くまでの8年間を皆さんに知っていただくことで、「めまい」の正しい知識や、治療についてをお知らせできればと考えています。

日高ようこ 昭和43年9月6日生まれ。

私の経験をもとに治療に関するご質問にもお答えしていくつもりです。

今、苦しい症状でお悩みのかたも決して諦めないで下さい。

プロフィール

日高ようこ

1968年、大阪に生まれ大阪で育つ。
29歳のとき、突然めまい発作に襲われ、以後8年間闘病生活を続けた。
坂田英治先生の治療と出会い、現在は回復に向かう。
夫と八歳の息子と三人暮らし。
闘病の経験をもとに処女作となる小説『私は負けへん ほんとうの名医に出会うまで』(駒草出版)を記す。

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